「先輩は、生きているのって楽しいですか? 生死って難しいですよね。人が機能不全になれば死んでいると定義したっていいと思うのに、植物人間だなんて言葉で生きていることとされてしまうみたいです」 「気持ち悪……なんだよ急に」  質問に答えてくれることはなく、相変わらず先輩は私のことを見下した顔をしている。手元にはスマートフォンがあるものの、何も情報を得ようとしていない目線の動きだった。流れてくる情報を斜め読みして、そのまま次の情報へ動いている時特有の何もない動き方。  上着は重力に従って少し下にずり落ちていて、手首には高そうな腕時計が正しく動いている。私は時計に疎いもので、正確なブランドなんて分からないけれど、凝られて作られたことが素人が見たってわかるデザイン性は値段をそのまま表していた。かち、かちと規則正しく回る針は、先輩の凝り固まった思考回路みたいで、私は思わず時計を眺めてしまう。 「時計なんて見て、なんだよ。どうせ女には時計の価値なんてわからないだろ」 「まあ、時計自体はわからないですけど、良いものなんだろうなって思いますよ。時計は動かなくなったら意味がないのに、人はなんで意味があるんでしょうか。ちょっとだけ、羨ましいです」  そう、羨ましいのだ。いつだって、人は生きている限り動くことを求められている。死ぬことだって、体は健康的な状態だとひどく難しいことである。首を絞められて乱暴に扱われたって、それが長時間じゃなかっただけで案外人は生きてしまうし、咳が止まらなくなるだけで少しすれば体はしっかり動く。  先輩は何か面倒な会話が続きそうとでも思ったのか、スマートフォンを乱暴にコートのポケットにねじ込んで大きくため息をつく。 「動かなくたって時計は価値があるよ、物によるけどな。少なくとも、お前とは違う。お前は時計以下だ」 「先輩は、動かない私は価値がないって言ってくれるんですか? ほんとうですか? ふふ、先輩って、物知りですもんね」 「ほんっとうに媚び売りも下手なんだな……女としての価値もないのか?」  女としての価値、なんてものだけで測られて生きてきた私からすると、それすらないと言われれば彼は私の何を見ているのか不思議になってしまう。けれど、それがなくとも彼は私のことを見て、対話をしてくれていると思えばなんだか嬉しくなってくる。  機能しない、価値のない私のことを切り捨てることなく、目を逸らさないでいてくれるらしい。 「何、お前って死にたいの。病んでます、助けてーって?」 「助けてなんて思わないですけど、希死念慮はまあ、私の病気でよくある症状のひとつだと思いますよ」 「またそれかよ……飽きた、バリエーション増やせ馬鹿」  バリエーション、なんて言葉で私の病気にラベルを貼ってくるのは、多分先輩だけだ。彼の中では、精神疾患は存在しない甘えとなっているのでくだらないジョークの一環らしい。私のこの解釈が合っていることを証明するかのように、先輩はつまらなそうな顔をしてこちらを見ている。 「私が動けなくなったら、先輩の手元に置いてもらえれば面白いかもしれないですよね」 「良い加減にしろ、死ね」  死ねたら先輩の元に置いて欲しいという話なんだけどな、と思いながら彼の顔を覗き込む。そうしたら、なぜか少し照れたような顔をして目を逸らされてしまって、私から目を逸らす人ならやっぱり置いてほしくないかもしれないと思うのだった。