「先輩って、季節と歌が連動していそうですよね」 「は? なんだそれ」 「ほら、もういくつ寝るとお正月ー、みたいな。私、小さい頃、お正月とかお盆とかいつなのか全く分からなくって。学校で歌うたび、お正月ってなんだろうって思ってました」 先輩は本当に理解ができない時は、バツが悪いような顔をしてそっぽを向いてしまうらしい。彼の横顔はひどく整っていて、デッサン用の石膏をつい思い出してしまう。彼はいつだって自分が最も正しい存在と認識しているため、自分の知らぬことを話されると反応する気も起きないというのが答えなのだろう。 とはいえ、私にとっての正月はずっと分からないままだった。そりゃあ、成長した今は大晦日から三が日を基本的には指すことくらいは理解している。定義を分かっていても、だ。現代人が歴史を学んでいても戦争を繰り返してしまうのと同じで、自分自身が体験していなければ本当にそれを理解できる日は来ない。 「先輩はきっと、お正月をよく分かっているでしょう。えーっと……おせち、とか……?」 「お前……絞り出してそれなんだな……。雰囲気とか、そういうもんで分かるだろ。周りが浮かれてる、馬鹿みたいな空気」 ———雰囲気。雰囲気とは、世間の常識と自分の常識がずれていないことで初めて成り立つものだ。多分、というか絶対、先輩にとってはいちばん簡単な概念なのだと思う。けれど、私にとっては何よりも難しいものであった。私はどんな場所でも異物になってしまうし、歌詞に乗ることは出来ず歌の外側へ追い出されていた。 少なくとも、おせちはお正月の一部でしかなく、お正月の全てを背負うものではないらしい。 「…‥多分、お前が思ってる正月はな、その辺の気持ち悪い色した外人が想像してるもん以下だぞ」 「排外主義も持ち合わせているんですね。……うーん、とりあえず、私はひどく理解が浅いということですか」 「誰がどう見たってそうだよ、ガキでも分かる歌詞がわからないくらいにはな」 先輩は、いつもの刺々しい口調よりも幼く、子供に言い聞かせるようにそう言った。それくらい、行事を理解するのは当たり前のことだと私に示すように。 幼い私にとっては、正月とは家から逃げるための図書館が閉まっていて暇な日だった。 冬休みの絵日記も書くことがなくって、きっとこういうものをするのだろうと必死に頭を動かした。もしかしたら、物語の人物の話をしていたかもしれない。私一人だけ、夏休みの読書感想文をしていた可能性がある。 「ねえ先輩、眠れなくてもお正月って来るんですか」 「……境界知能の言葉は頭が痛くなるな。当たり前だろ、良い加減にしろ」 なんだ。いくつか眠らなくてもお正月を迎えることはできるのか。そう思うと、私は初めてあの歌を口ずさんでも許される気がして、軽く歌い始める。 歌詞は思った以上にうろ覚えで、うまく歌えなくって、先輩は本当に子供を見るような目で私を見てくる。何だかそれが嬉しくって、私はお正月の良さをそこで初めて知るのだった。