「クリスマスって、すごく日本人らしいですよね。誰もイエスの父を唯一神と思ってもないのに楽しそうですし」 冬休みに突入した学生も多いというのに、先輩も私もいつものように図書館に足を運んでいた。クリスマスツリーやイルミネーションが飾られる大学も多くあるらしいが、うちの大学は相変わらず地味なもので、そんなものは特になかった。窓から見てる景色は、いつも通り冷たい風に吹かれる木ばかりである。 だんだんと目も疲れてきて、本を捲る手が止まっていく。ちらりと先輩の方を見ると、先輩も眼鏡を外して眉間をぐりぐりとしていた。まあ、三時間も黙々と本を読んでいたらそりゃあお互い疲れるのも無理はないか。 「捻くれてると大変だな。お前はクリスマスもひとり寂しく過ごすだけなんだから黙っとけよ……あー疲れた」 「……え? いや、一人じゃないですよ」 眉間を揉んでいた先輩の手がぴたりと止まった。本をゆったりと閉じていて、案外本の扱いは丁寧なのだなあと思う。焦点の定まっていない細められた目が、ゆっくりと私の方を向く。 いくら先輩とはいえ、哺乳類という枠で見れば私と同じ人間なはずだし、人数に数えるのは当たり前だろう。そんな顔をされることだろうか。 「いや、いや! お前が一人じゃないわけないだろ。俺はちゃんと昨日人と過ごしたけど、お前は別に、ただの、何も無い馬鹿なはずだろ……」 そんな、早口で言うことなのだろうか? 世界の普通に合わせようとしてきた私には、なんとなく失礼なことなはず……なのは、理解できる気がする。……いや、やはり事実を言われてるだけなのであまり気にすること自体ができなかった。ここで怒ったり何か思ったりしないと、普通にはなれないのだろうか。ままならなさを感じる。 まあ、それはそうとして、先輩の表情は初めて見るものだった。いつだって自分が正しいと強さを振りかざす彼が慌てているような顔をするのは、すこし嫌だった。私を否定する時の先輩は、いつだって正しいという顔をしてくれなきゃいけないのだけど。 「先輩って、人じゃなかったんですか?」 「……はあ? お前、とうとう病気のふりしてるせいで本当に頭までおかしくなったのか? 会話を続ける努力くらいしろよ。どう見たって人間だろ、視覚障害持ちの馬鹿からすれば人じゃねえかもしれねえな」 相変わらずだ。視覚障害のある方への差別発言がすらすら出てくるのは、いかにも先輩らしい。こういう時は自分が正しいという顔をしてくれるようで、内容の倫理は置いておいて安心する。 「視覚がどうであれ、人は人ですよ。先輩だって人でしょう? なら、私は一人じゃないです。今日は十二月二十五日。そうでしょ」 ひとまず、先輩に話を遮られてしまう前にと私は淡々と事実を述べる。 「それに、一人が寂しいとか、そういう話をする前に、なんで先輩自身が自分をカウントから外してしまうのかが分からないです」 「……あー……うるせー……」 絞り出されたような先輩の声は、先ほどまでの饒舌な喋りとは違って勢いも無ければ掠れている。いつもなら女の言うことはろくでもないとか、馬鹿の言うことは理解しかねるだとか言って首を振るはずなのに。今じゃまるで、教授に詰められた時のように苦し紛れな顔をして固まっているではないか。また、無自覚のうちにおかしな事を言ったのだろうか。 「お前、なあ……そういうのはもっと親しい人間とかだけをまとめて言うんだよ……常識もクソもねえからわかんねえか…………」 「分からないです。……ええと、巻き込んですみません。そういうことなら、多分一人です」 「いや、いいよ。認めてやるよ。お前はクリスマスに一人じゃなくて俺と二人。終わり。もう喋るな」 ———そんな、珍しいこともあるものだ。先輩が折れて私の意見を認めることなど、無いと思っていた。新たな一面に思わず驚いてしまう。 ひとまず、もう喋るなと言われた通り黙って、本の続きを読み直す。 前日ばかり騒いで、クリスマス当日こそ静かな気がするのは日本人の謙虚さとも言えるのかもしれない。昨日、友達か恋人か何かと過ごしたと言っていた先輩の顔を少し見て、そう思うのだった。