大学の図書館は、大学生でいる一番のメリットとすら思う。あいにく、私は国立大学なせいで、設備はあまり整っていない図書館ではあるが。国立大学生ほど、整った設備で勉学を出来ないというのは何とも皮肉だと思う。この国が年々貧しくなっているせいなのか、純粋に学びを悪と捉え始めているのか。どちらにせよ朽ちていくだけだろう。 そんなことを感じる図書館に来たのは、レポートのために本を借りるため。なのに、読みたい本が高い位置にあるせいで取ることができない。こういう時、自分が女なせいだ、と思うのは、自分が男なら背が高いだろうという可能性を信じ切っているからなのか。 「邪魔。突っ立ってるだけなら出ていくかその辺座っとくかしろ」 「……先輩。ここにいるなら、あの本取ってください」 たまたま出会っただけなのによくもまあ、こんなすぐに邪魔なんて言えるものだ。けれど、台を持ってくるために動く必要がなくなったのは好都合。案外、こういう時の先輩は素直に動いてくれる。彼はいろいろな女の子に人気らしいので、まあ、こういう優しさの扱いが上手いのだろう。 先輩は、人を人として扱いなさい、差別をやめなさいと言われたら笑い飛ばすだろうに、人に優しくするという行為は出来るのがおかしくて面白い。 「お前はいつもつまらない本ばっか読んでるな」 「レポートに必要なんです、あの教授の課題は真剣に取り組みたいので」 「こんなん参考文献にするってわけか? どうせ女は相手のことを歪曲するくせに、よくもまあ偉そうな顔して真剣だとか言うな」 先輩は私の頭の上に、本をゆっくりと置いた。重みが首に響く。受け取るために斜め上を見ると、先輩と目が合って目線の高さに少し驚いた。その背の高さは先輩の社会的地位を表しているようで、私が男に生まれていても、やっぱり背は高くないかもしれないと思った。 先輩の話ぶりは、いつだって自分が正しいと心の底から信じていることがよくわかる。心理士さんは、私が何を言っても否定も肯定もせず頷くだけ。傾聴の手法を遵守する彼女と、法律という国を遵守していくだろう彼がこんなにも違うのは、何だか愉快だ。 「うーん、私は先輩が専攻している法律こそ、色々な人が歪曲しているように思いますけど」 「世の中馬鹿ばっかだからだろ、お前もどうせその一人だ。ばーか」 なるほど。先輩は、自分が認める知能に達していないと法の下の平等に入れてくれないらしい。 「その馬鹿が納める税金で、この国立大学の安い学費は賄われているんですよ、先輩」 大きなため息をついて、私の顔をじっと見る。先輩の目線はいつも冷たいのに、私の顔を見る時はほんの少し目尻が柔らかく見えるのは、きっと気のせいじゃないのだろう。女という概念から馬鹿にしているくせに、どこかで欲しているのは人間の気持ち悪さの象徴のようだといつも思う。先輩の本質は、矛盾と欲望かもしれない。 「ねえ、先輩。差別は時に人を救います。異常性の肯定にもなり得ますから。法は、秩序を保って人を救うものですか? それとも、強者と弱者の隔たりを保つためのものでしょうか」 「……聞くに耐える御託をだらだらと。法はシステムだよ、人間の管理だ。格の違う奴らを感情論でまとめてたら疲れるだろ」 ぽつぽつと言い放つと、先輩は目的だったであろう本をぶっきらぼうに手に取ってどこかへ行ってしまう。その背中は堂々としていて、いつだって弱者を踏みつける側なのを示唆している。 感情論でまとめたら疲れる、なんて合理的なようで感情の混じった言葉はいかにも先輩らしい。この国は、先輩みたいな人がいつだって上にいるのだろう。 国がどう変化していくのか見届けられると思うと、生きるのも悪くないな、なんて珍しいことを思うのだった。