「……お前、それしか食わねえの?」 「人の顔見て挨拶もせずにそれですか? 先輩らしいといえばそうですね」 「食わねえ割に口だけ回るんだな」 先輩の目線は私の手元にある栄養補給食品に向けられている。私の顔が好きなくせに、文句を言う時に顔を見ないなんてもはや失礼ではないだろうか。……いや、近くに散乱している精神薬にも触れない優しさかもしれない。まあ、視野が狭い先輩にはそんな優しさも気にする余裕もないのだが。無駄な考察はこれでおしまいだ。 ———先輩は差別主義者だ。もはや美しさすら感じるほどに、一貫性のある差別主義者。 昔、図書館で先輩と鉢合わせてしまった時、私はレイシズム運動への理解だかなんだかを書かれた本を借りていた。先輩は変わらず私の顔をぼんやりと見ては、本に目線を落として「バカはくだらないもんしか見ねえな」とぼやいていた。私に対する悪意ではない、気に食わないものへの差別の塊をたまたま私に向けられたのがなんだか愉快だった。初めて先輩の前で笑った記憶がある。結局、その本は三回ほど読んでも理解ができなかった。こうやって生きれたら幸せなのかも、とは思ったが。 「急に黙るなよ……あーもうめんどくせ、ここ座るぞ」 「先輩と会った時のこと考えてたんですよ、喜んでください。先輩くらいしか私のこと健常者として扱ってくれませんし」 意味がわからないという顔。先輩は時々、こういう顔をする。私の大学生活は、大学が定める合理的配慮で成り立っているというのに、先輩は合理的でもなければ配慮もないから分からないのも無理はない。 先輩と同じサークルの子達は、啓先輩はかっこいいとか気遣い上手だとか良く言うらしい。確かに、いつだってマジョリティの味方でいる彼は気遣い上手で親切な、優しい先輩の姿も持つのかもしれない。 「健常者も何も、お前は病気でも障害でもないだろ。そういう弱者アピールしてて気持ち良くなってるだけの、バカな女だろ」 「ふふ、はい。先輩はそのままでいてくださいね。わかっちゃダメですよ、ずーっとそのままでいなくちゃ」 先輩は大きな口で、食堂で買ったであろうおにぎりを食べ始める。その姿はなんとも平凡な男子大学生で、ああ、私はこうやって食事をする日も来ないのだと悟った。 彼の前では全てが彼の価値観に直される。だからこそ、先輩といれば私は少しだけ平凡な女の子でいれるのだった。